マイプロフィール

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はじめまして

はじめまして。はやかわなおとです。

 

本ブログに興味を持ってくれてありがとうございます。

 

私はもうすぐアラフォーになる男性です。

 

幼少期は田舎に暮らしていて、友達と野山をかけっこしたり、トンボを60匹捕まえたりしていました。

 

家族と上京してから現在まで、やや都会よりに暮らしています。

 

只今、子供の中学受験イベントに親子で悪戦苦闘していながら、学費を稼ぐために副業にも情熱を注いでいます。

 

今の私に至るまでの半生についてご紹介したいと思います。

 

私の気質について

 

半生を語る前に、まず私の気質について少し話したいと思います。

 

私は『HSP(エイチ・エス・ピー)』と思われる気質を持っていて、現在ひっそりと暮らしています。

HSP・・・Highly Sensitive Personの頭文字をとった略語。感受性が非常に強くてとても敏感な気質をもった人を指す。

 

ここ数年でNHKなどのテレビで取り上げられたり、有名人の方が「私はHSPである」と告白したことで認知度が高まっていると思います。

 

ネット上の記事で、HSPに当てはまるかチェックという診断をやったらほぼ当てはまったので、たぶんHSPだろうと思っています。

 

HSPのことについてはまだまだ情報が少なくて、本を読んだり同じ悩みの人のブログやYoutubeを観たりして自分自身でも理解を深めているところです。

 

思い返せば、幼少期から友達と一緒にいるだけでも年齢の割に気疲れが半端なく、遊んだ後にはグッタリして寝込んでいました。

 

遊びは楽しいのだけど、誰かと一緒にいる時間が長くなると疲れるので辛くなってしまい途中で帰ったりしていました。

 

今は気疲れしにくいライフスタイルを求めて、日々工夫しながらベストな状態を探しています。

 

学生時代は親の期待を押しつけられて暗黒時代に突入!

 

私と親は脳みそが別々に存在していて、私には個性があるのですが、親は思い通りにならないと癇癪を起こしていました。

 

その癇癪がコワくて、学生時代は個性がほとんど育たない環境だったと思います。

 

その傍らで育ったスキルは、親の期待を正確に読み取り、結果を出すことでした。

 

当時の親曰く、「親の言うことを素直に聞き、良い学校に行き、良い会社に勤める。それ以外はすべて失敗。」で、

 

つまり親が絶対的な存在でお前の意思は聞かないし、個性も尊重しないという家の王様のような態度でした。

 

どこかで聞いたことのある親のエゴに、そもそも自主性が育っていない私の頭の中に逆らうという文字はなく、今思えば家来かロボットのような行動でした。

 

親は、「おまえの将来のため」、「こんなに期待して愛情を注いでいる」と抜かしつづけて、子供の個性に寄り添うことはありませんでした。

 

さらにとどめだったのが、学校で嫌なことがあって子供が暗い顔をして帰ってきているのに、それにまったく気づかないときがあってからは、それから親を見下すようになった気がします。

 

親は、自分のために期待しているというよりも、ただハイスペックな子供を育て上げて、シャネルのアクセサリーのように身につけてよそ様の前で自慢したいんじゃないか?、と感じました。

 

そうは言っても、経済的に親に頼っている間はひたすら沈黙、我慢しつづけました。

 

ふつうの子は中学時代に反抗期があるものですが、当時家の中はそれすら許されていない空気でした。

 

なんとか親の期待に応えて暗黒の学生時代を抜ける!

 

今思えば親の期待に応えないで、勝手にやらせてほしかったのですが、真面目に親の期待に応えてしまいました。

 

とりあえず「これ以上ない結果」と親に言わせる結果を提示しました。

 

そして、自由を求めて一人暮らしをはじめます。

 

しかし、社会人としてこれから益々の活躍をしないといけない中で、すでに人生を精いっぱい生きたような心身が疲れきった状態でした。

 

人生これからというタイミングで、これ以上は頑張れないというような感覚で、生きること自体が苦行のように感じていました。

 

個性のない私が社会人になったら今度は上司の期待に応えなければならず再び暗黒の社会人時代が到来!

 

学生から社会人になり、一人暮らしが始まり、ようやく親から解放されたところだったんです!

 

ところが会社に行くと親に代わって上司の言うことを聞かなければなりません。

 

常に高い期待を突きつけてくる上司。

 

上司に期待した結果を提示できないと、無視されます。

 

年功序列が根深くお上の言うことが絶対の昔の体質が色濃い上司は、言葉の刃物も振りまくりです。

 

パワハラ防止週間という張り紙の横でパワハラをしている上司。

 

上司曰く、「おまえに期待しているから、全然パワハラにならないよな?」と。

 

以前にそうやって真上からのプレッシャーでペシャンコにされた同僚の姿と自分が重なり始めます。

 

学生時代からの没個性の私は、親と同居していたとき以上に言い返さない没個性になってしまっていて、真上からのプレッシャーがかかり心身ともに辛くなり、とうとうエネルギーが尽きて、耐えきれず休職に追い込まれます。

 

休職期間中にもパワハラで退職を余儀なくされる!

 

休職期間中に生まれてはじめて自分の個性と真剣に向き合いました。

 

自分は何がしたくて、何がしたくないのか?

 

そして、これからどうしたいのか?

 

当時アラサーの私は、今まで人の言うことを聞いて動くことしかやってこなかったと痛感しました。

 

自分のやりたいことを自分で決めて行動に移す。

 

これができていなかったから、他人の評価を気にしてばかりの奴隷人生だったなと。

 

そしてHSPだと気づいてからは、自分が何にストレスを感じるのかに特に意識を向けるようになっていました。

 

しかし、まだどうしたらよいのかわからない状態が続いている中でのクラッシャー上司との定期連絡。

 

いつ復職できるか?と聞かれてわからないと伝えたら、真上からの闇メッセージ。。。

 

内容は言えませんが、完全にパワハラ。

 

人事にクラッシャー上司の休職期間中のパワハラを申し立てます。

 

しかし、人事はパワハラを認めてくれないまま、休職リミットを迎えたという理由で、そのまま退職扱いする通知を送り付けられます。

 

退職を余儀なくされてブログを育てることに!

 

今回のことではっきりと感じたことは、会社の対応で退職に追い込まれた人ってこういうことなんだ、と絶望しました。

 

あとは「会社が人材を使い捨て」って新聞記事を見たことも思い出しました。

 

上司からの闇メッセージと会社の対応がなんとなく一致してきたときには、恐怖しかありませんでした。

 

会社に人生をささげようと頑張っていた自分がアホだったなとつくづく痛感。

 

このまま自分の頭で考えない人生だと、詰むでしょ(笑)

 

没個性の影響で、学校では先生の言うことを聞いてばかりで、家では親の言うことを聞いてばかりだった。

 

自分の頭で考えたことを発表する機会からもことごとく逃げていたツケが一気にここで押し寄せてきました。

 

このとき私には家族がいたので、日々の生活は支えられていましたが、私は脱サラになったことで、自分と家族の将来について不安があります。

 

なんとかしようと考えた結果、結論は「まだ休まないといけない」でした。

 

いつまでも子供に働いていない父親の姿を見せていることに不味さを感じていますが、エネルギーが枯渇している状態が続く限りは、まだ休まないといけないという判断です。

 

寝ながらタイピングしたり、音声入力したりして、工夫を凝らしながら、いくつかのブログを続けて稼ぎ、節約をして支出を切り詰めて、貯蓄は微増。

 

会社員時代からやってきた投資が実りはじめて、なんとか生活できています。

 

これからはブログを通してHSPという気質に合った新しいライフスタイルを探すつもりです。